FC東京観戦記をメインとしたブログ
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2008年の開幕戦で、FC東京のキャプテンを務めていたのは背番号2、茂庭照幸でした。
しかし、その後はケガや不振に悩まされ、キャプテンマークは剥奪されました。
後任の羽生がケガで離脱してもキャプテンマークは背番号2の腕には戻ってきませんでした。
2006年、あのワールドカップの後から茂庭にとっては苦しい時期が続いています。
その主たるものはケガによるものですが、どことなく自信がないようにも見えました。
ジャーンがいなくなって、相方が固定されなくなった。
何度も外れる左肩に苦しんでいた。
色んな悩みが茂庭について回っていました。
だけど、それを救う選手が現れました。
背番号3 佐原秀樹
お互いに危なっかしい守備を見せることもしばしばありましたが、
2008年に東京が達成した2つの新記録、5連勝と最多勝ち点、
これはこの新しいCBコンビによるものが大きいです。
雨、ナイター、去年の東京が最も苦手としたこの2つの条件で迎えた、相性の悪い柏戦。
見事に完封してのけました。
等々力での多摩川クラシコ、1人少ない中で完封、試合終了後は倒れこみました。
HOMEでの鹿島戦、勝利の後に子供のようにはしゃいでいました。
佐原という固定された相方を得て、茂庭も安定してきました。
やはり、連携が最重要なポジションですから、慣れた選手のほうが良いんでしょうね。
2人とも性格も似てそうだし。
今季、またキャプテンマークを付けるのかはわかりませんが、
どちらにしろ、茂庭が東京の顔である事実は変わりません。
年齢も性格も実績も、他の選手を引っ張っていくべき存在です。
サポーターからも愛されている。
今年はたくさん、頭の上に輪っかを作らせてほしいね。
にほんブログ村
しかし、その後はケガや不振に悩まされ、キャプテンマークは剥奪されました。
後任の羽生がケガで離脱してもキャプテンマークは背番号2の腕には戻ってきませんでした。
2006年、あのワールドカップの後から茂庭にとっては苦しい時期が続いています。
その主たるものはケガによるものですが、どことなく自信がないようにも見えました。
ジャーンがいなくなって、相方が固定されなくなった。
何度も外れる左肩に苦しんでいた。
色んな悩みが茂庭について回っていました。
だけど、それを救う選手が現れました。
背番号3 佐原秀樹
お互いに危なっかしい守備を見せることもしばしばありましたが、
2008年に東京が達成した2つの新記録、5連勝と最多勝ち点、
これはこの新しいCBコンビによるものが大きいです。
雨、ナイター、去年の東京が最も苦手としたこの2つの条件で迎えた、相性の悪い柏戦。
見事に完封してのけました。
等々力での多摩川クラシコ、1人少ない中で完封、試合終了後は倒れこみました。
HOMEでの鹿島戦、勝利の後に子供のようにはしゃいでいました。
佐原という固定された相方を得て、茂庭も安定してきました。
やはり、連携が最重要なポジションですから、慣れた選手のほうが良いんでしょうね。
2人とも性格も似てそうだし。
今季、またキャプテンマークを付けるのかはわかりませんが、
どちらにしろ、茂庭が東京の顔である事実は変わりません。
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